深瀬昌久
猫になった男
会期: 2022年5月14日[土]–6月7日[火]
時間: 13:00–20:00 [月・火・木・金]、11:00–19:00[土・日]
休廊: 水曜日
展示キュレーション: トモ・コスガ
協力: 深瀬昌久アーカイブス
写真家・深瀬昌久(1934-2012年)は、物心つく頃から晩年に至るまで、様々な猫と共に暮らしました。中でも飼い猫としてだけでなく写真のモデルとしても深瀬を支えたのが、サスケとモモエです。本展では、深瀬の作品シリーズ《サスケ》(1977-78年)に《遊戯 ―A GAME―》(1983年)と《ベロベロ》(1991年)を接続させて振り返ることで、彼が愛してやまなかった猫たちとの戯れから得た独自の視座を浮かび上がらせます。
深瀬は晩年、最終作のひとつとして仕上げた奇作《ベロベロ》について記した手記の中で、自身を「触覚的な写真家」であると言い表しました。同作は、バーで出会った老若男女と深瀬が互いの舌を触れ合わせた姿を撮り収めた写真群で構成されたもので、写真撮影を巡る撮影者と被写体の〈見る/見られる〉相互関係を視覚だけでなく触覚でも確かめようという、アイデアとしてもビジュアルとしても奇抜な試みでしたが、その気づきの原点には猫たちとの触れ合いがありました。
《サスケ》は、忍者の猿飛佐助から名を取ってつけられたキジトラ模様のサスケと、後にやってくる三毛猫・モモエの2匹が縦横無尽に飛び跳ねる様子が描かれたシリーズであり、その中で2匹のあくびを何度も繰り返し撮影したことが見てとれます。ヒゲは大きく広がり、牙はむき出しとなり、無数の棘が生えた舌は前方に突き出されるという、言わば猫の触覚器官が最大限に拡張された瞬間であるそれは、見る者にぞわぞわとした触覚的刺激をもたらします。
猫の触覚器官によるそうした効果を別の形で視覚的に表したのが《遊戯 ―A GAME―》です。同作は、イメージサイズが20×24インチという超大型ポラロイドカメラで、あらかじめ用意されたプリント群を複写したものでしたが、そのモチーフのひとつに選ばれたのが他でもないサスケのあくび写真です。既に手元にあったサスケのプリントの上から、プッシュピンや縫い針といった猫の牙や舌を連想させる先端の尖った素材を数え切れないほど刺しつけ、それらに毛糸や髪の毛といった猫のヒゲや体毛を連想させる柔らかい素材を絡ませたのです。猫との触れ合いから得た〈視覚を通じた触覚作用〉がここでも確かめられます。同様に、深瀬自身の顔写真に無数の針を刺して複写されたイメージは痛々しい被虐趣味のようにも見受けられますが、その一本一本を猫の体毛に置き換えて捉えた時、私たちは彼の知られざる変身願望を目撃します。
《サスケ》に《遊戯 ―A GAME―》、そして《ベロベロ》。この3作から立ち上がる潜像とは、猫に自らを重ねようと努めた深瀬の姿にほかなりません。《ベロベロ》でいよいよ猫に成り代わった彼は、かつてないほどの人懐こさを発揮しながら、人々に対する愛情表現を触覚的に表わして見せたとも言えるでしょう。ツーショットで収められたそれらはひとえに、本来写真の客体とされてきた被写体に、主体とされてきた撮影者自身が交わってひとつになるという〈主客未分〉の境地とも言え、私たちはそこに〈愛という名の純粋経験〉を見るのです。
トモ・コスガ
深瀬昌久|Masahisa Fukase
1934年、北海道中川郡美深町に生まれる。日本大学芸術学部写真学科卒業。日本デザインセンターや河出書房新社などでの勤務を経て、1968年に独立。60年初期よりカメラ雑誌を中心に写真作品を多数発表。1974年、米・MoMAで開催された展覧会「New Japanese Photography」を皮切りに、世界各国の展覧会に多数出展。代表作に《鴉》《洋子》《家族》などがある。2012年没。享年78。2014年、深瀬昌久アーカイブス設立。同団体ディレクターを務めるトモ・コスガによるディレクションの下、世界各国で回顧展が開催され、また写真作品集が精力的に出版されている。 2023年春に東京都写真美術館にて回顧展開催予定。イギリス人映画監督マーク・ギル氏による伝記映画の製作が決定。
masahisafukase.com
View of the exhibition ©︎Yuki Moriya