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上原沙也加

眠る木

定価:4500円+税

Size: H219mm × W205mm
Page:160 pages
Binding:Hardcover

Published in December 2022

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見慣れたはずの風景の細部のなかに、いく層にも折り重なっていること。

沖縄で生まれ、再びその地で暮らしながら写真を撮る、上原沙也加の初写真集。
身近な街を歩き、ときにバスで離れた街に降り立って撮影する風景には、ほとんど人は写っていない。
マネキンの指、レストランの客席、ジュークボックスを掠める機影、布貼りの聖書、マクドナルドのサイン......。
すべて日常的な光景は人の営みを湛え、声なき声で語りかけられているような気配を帯びる。自分の生活の場所から、それぞれが経てきた時間を想像するような地続きの眼差しが、写真にある。
いくつもの痕跡を秘め、歴史の層を重ね、存在が消失してもなお、そこに在る風景。複雑な時間への回路と、沈黙の奥にある痛みを写真は指し示す。


タイトル『眠る木』は、本書に収められたさまざまな木のシルエットと同時に、ギンネムを殊に想起させる。
又吉栄喜が小説「ギンネム屋敷」の扉に、「終戦後、破壊のあとをカムフラージュするため、米軍は沖縄全土にこの木(ギンネム)の種を撒いた」と記すように、沖縄のどこにでも繁茂しているギンネム。土地に根を張ったこの木から、フェンスのような表紙の模様は施された。その上に、明暗のあいだに浮かびながら、マネキンの指の写真はある。

 

 


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"上原沙也加は、沖縄というものを決して理想化しない。上原の撮る沖縄はどれも優しいが、しかしその底には、断固たる強い決意がある。お仕着せの話法を使うのではなく、あくまでも自分の目で見た、そこにある沖縄を撮るのだ。そしてそれが、例えようもなく美しい。おもろまちのモノレール駅や免税店をそのまま写すことで、これほど美しい作品になるとは、誰も想像もしなかっただろう。ここに写されているのは、あくまでもふつうの、どこにでもある、しかしほんとうに美しい沖縄の姿である。"
『眠る木』帯文 より
岸政彦(社会学者・作家)


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"風景とは自然と人間との関係だと地理学者であり思想家のオギュスタン・ベルクは言ったが、風景とは自然と人間と時間とそこで起きたことの関係であると今の私は思う。見えるものと見ることができないものと想像することで見ることができるものを、結び、関係させ、出会うことを可能にするのが、写真なのかもしれない。  どうすれば「見る」ことができるのか。  写真の中にあるそれを、私は探す。"


『眠る木』寄稿
柴崎友香(小説家)「そこで起きたこと そこで続いていること」より


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" 『眠る木』には、前世代の物語のその後を、写真という光の鉛筆によって加筆した、といっても的を外したことにはならないはずだ。あたかもこの地に根づき、長い時のなかで繁茂したギンネムが繁茂の果てに〈眠る木〉に変わるように、「記憶素」 や「歴史素」や「経験素」などいくつもの〈素〉の 呟きや瞬きをレンズの詩学に翻訳していったのだ。(中略)


光と影の、物と物の、色と色の、此処と彼方の結び目をむき出しの線描ではなく、静かに浸透してくる陰翳を帯びた印画に組成していく、そんな風の話法のようなものである。風景の内側を渡っていく残影と残光をやわらかく結像させる眼力が、そこにはたしかにある。"いま"と"ここ"にあって〈どこか〉へと誘ってもくれる。
『眠る木』によって、写真とは哀しみと淋しさを織るメディウムであること、そして写真とは旅であることを思い知らされる。亜熱帯の光と色の〈あいだ〉を調律するニューカラーな上原沙也加の路上の光学にして詩学は、写真集のページを繰る者の眼の経験を新しくしていくだろう。"


『眠る木』寄稿
仲里効(映像批評家)「路上の詩学 ニューカラーな邦のさみしさの思想」より

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